育成就労では、3年間でA2相当が目標になる
育成就労制度では、原則3年間の育成就労を通じて、日本語教育の参照枠でいうA2相当の日本語能力を修得し、試験に合格することが育成の目標とされています。
また、その後、特定技能1号へ移行するためにも、原則としてA2相当以上の日本語能力試験への合格が必要です。 出入国在留管理庁の資料では、A2相当の目安として、日本語能力試験JLPTのN4やJFT-Basicなどが示されています。
現在の技能実習制度では、技能実習2号を良好に修了していれば、一定の場合に特定技能1号への移行に必要な試験が免除されます。
しかし、育成就労制度では、3年間でA2相当の日本語能力を身につけること自体が育成の目標に組み込まれています。つまり企業にとって問題なのは、
「A2まで日本語教育をするか、しないか」ではありません。
「いつ、どこで、どのようにA2まで到達してもらうのか」
なのです。
日本に来てからA2を目指す方法もある
制度上、育成就労実施者は、3年間の中で、本人がA2相当を目標とする日本語講習を100時間以上受講する機会を提供する必要があります。
また、日本語講習については、育成就労実施者または監理支援機関が、費用の負担を含め、日本語能力向上のために必要な措置を取ることとされています。
一方、すでにA2相当の日本語能力試験に合格している人については、改めてA2目標講習を受講させる必要はありません。
ここで重要なのは、
100時間の講習を受ければ、自動的にA2試験に合格できるわけではない
ということです。
100時間というのは、制度上求められる講習についての基準です。育成就労の目標として求められるのは、最終的には本人が実際にA2相当の日本語能力を身につけ、試験に合格することです。
したがって、日本に来てからA2を目指す場合には、100時間の講習だけではなく、本人の追加学習、受験への対応、会社側の学習管理なども考えておく必要があります。
文部科学省の「認定日本語教育機関日本語教育課程編成のための指針」では、A1からA2までの想定学習時間について、100~150時間程度という目安が示されています。ただし、これは教育課程を編成する際の学習時間の目安であり、「100~150時間学べばA2試験に合格できる」という意味ではありません。
一方、私たちが日本語学校の教師に現場感覚を尋ねたところ、「実際にA2試験への合格までを考えると、その時間では到底足りないケースも多い」とのことでした。学習者の母語、学習歴、学習環境などによって、実際に必要となる学習量には大きな差があります。
それなら、入国前にN4まで終えておくという考え方がある
APSIPでは、入国前にN4合格まで到達する日本語教育について、講習費用を20万円と設定しています。ここでの20万円は、「日本語を何時間教えるか」という時間売りの価格ではありません。
外国人材が実際にいつ入国できるかは、在留資格に関する手続きをはじめ、さまざまな手続きの進み方によって変わります。したがって、入国前に確保できる教育期間も、一人ひとり違います。APSIPでは、教育の委託先とも成功報酬型で契約しています。
つまり、
「何時間教えたか」ではなく、「入国するときに、どこまで日本語ができるようになっているか」
を基準にしています。
N4に合格した状態で入国できれば、育成就労3年間の終了時までに求められるA2相当試験への合格を、入国前に済ませていることになります。その場合、制度上も、改めてA2相当を目標とした100時間以上の講習を受けさせる必要はありません。
企業にとっては、日本で働きながらN4合格をめざしてもらうための教育や学習管理を大きく減らすことができます。
しかし、N4に合格していれば十分なのか
ここが、前回のコラムで取り上げた問題です。
N4に合格していることと、職場で日本人社員と十分にコミュニケーションを取れることは同じではありません。日本語能力試験JLPTでは、「話す力」そのものを試験していません。
そこでAPSIPでは、N4合格を土台にしながら、特に発話・聴解についてA2を超え、B1に近づけることを目指す水準を「N4ハイパー」と呼んでいます。
この水準まで到達した場合の日本語教育費が45万円です。20万円と45万円の違いは、単純な授業時間の違いではありません。
入国した時点で、その人がどこまで日本語を使える状態になっているか。
そこに違いがあります。
45万円は「現場の時間」に置き換えて考えてみる
では、45万円は高いのでしょうか。ここで、少し違う角度から考えてみましょう。たとえば、年収800万円の管理職がいるとします。年間240日勤務、1日8時間と単純化すると、1日当たりの人件費は約3万3,000円です。
仮に外国人社員とのコミュニケーションについて、
「もう一度説明する」
「本当に理解できたか確認する」
「別の社員に間に入ってもらう」
といった時間が、1人につき毎日10分余計にかかっているとします。
10分×240日ですから、年間40時間。1日8時間なら、年間5日分です。年収800万円の管理職なら、約16万7,000円。3年間では約50万円になります。もちろん、日本語教育に45万円をかければ、この時間がすべてなくなるという意味ではありません。
しかし、
日本語能力の違いによって、現場で毎日何分の時間が変わるのか
という視点は、45万円という金額を評価するときの一つの物差しになります。
N4とN4ハイパーの差額25万円なら「1日5分」
別の見方もできます。N4合格までが20万円、N4ハイパーまでが45万円ですから、その差は25万円です。年収800万円の管理職について同じ計算をすると、3年間で25万円に相当する時間は、1日平均でおよそ5分です。つまり、
N4に合格しているだけの人と発話・聴解についてさらに高い能力を身につけている人との違いによって、管理職や先輩社員の対応時間が平均1日5分変わるか。
企業が考えるべきなのは、そういう問題ではないでしょうか。
しかも、時間だけではありません
実際には、日本語能力が十分でないことで発生するコストは、説明時間だけではありません。
作業指示が正確に伝わらないことによるミスや手戻り。安全上の注意が伝わらないリスク。
本人が困っていることをうまく説明できないために、問題への対応が遅れること。日本人社員が間に入って説明する負担。職場での孤立や、それが離職や転籍につながる可能性。
こうしたものは、会社の決算書に「日本語能力不足によるコスト」として出てくるわけではありません。しかし、現場では確実に誰かの時間を使っています。
45万円を見るのではなく、「これからの3年間」を見る
ですから、私は「45万円は高いですか」と聞かれたときに、単純に「安いです」と答えるつもりはありません。企業によって、仕事内容も職場環境も違うからです。
ただ、一つ言えるのは、
45万円という数字だけを見て判断するのは適切ではない
ということです。
育成就労では、3年間でA2相当の日本語能力を身につけ、試験に合格することが求められています。それを日本で働きながら身につけてもらうのか。入国前にN4まで到達してもらうのか。さらに、入国した時点から「聞ける、話せる」力を一段高くしておくのか。
比較すべきなのは、この違いです。
外国人材の日本語教育を考えるとき、企業にはぜひ、
「日本語教育にいくら払うのか」ではなく、「この人とこれから3年間、一緒に働くためにどれだけの時間とコストが必要になるのか」
という視点を持っていただきたいと思います。45万円は、日本に来る前に消えてしまう単なる「教育費」ではありません。
入国後の3年間を変えるための、人材への先行投資なのです。
参考にした公的資料
出入国在留管理庁「育成就労制度Q&A」
育成就労制度におけるA1・A2の到達目標、日本語講習、日本語教育に関する費用負担などを確認できます。
https://www.moj.go.jp/isa/applications/faq/ikusei_qa_00002.html
出入国在留管理庁「育成就労制度における日本語能力向上のための施策」
育成就労3年間における日本語能力向上の流れや、A1・A2と日本語能力試験等との関係が整理されています。
https://www.moj.go.jp/isa/content/001451331.pdf
出入国在留管理庁「育成就労制度 運用要領」
育成就労実施者や監理支援機関が行う日本語能力向上のための措置など、制度の実務上の取扱いを確認できます。
https://www.moj.go.jp/isa/content/001457363.pdf
文部科学省「認定日本語教育機関日本語教育課程編成のための指針(令和6年10月15日改定)」
「日本語教育の参照枠」に基づく教育課程編成の基準を示した資料です。学習時間の目安として、A1からA2について100~150時間程度とされています。
https://www.mext.go.jp/content/20241015-mxt_nihongo01-000034783_2.pdf








