「人が足りない」が経営の前提になる時代へ
2023年3月、リクルートワークス研究所は『未来予測2040 労働供給制約社会がやってくる』という報告書を公表しました。
そこで示されたのは、単なる「採用難」の話ではありません。
人口構造の変化によって、働く人そのものが足りなくなり、「労働供給」が社会や企業活動の制約になっていくという問題です。同研究所のシミュレーションでは、2030年に約341万人、2040年には約1,100万人の労働供給不足が生じると予測されています。もちろん一定の前提を置いた将来シミュレーションですが、これまでとは性質の異なる人手不足が到来することを示した研究として重要です。
そして2024年、同研究所は人口動態による労働市場の構造変化を「令和の転換点」と呼び、従来のように景況感や企業業績によって生じる人手不足ではなく、労働供給量そのものがボトルネックになる構造的な人手不足が起きているのではないかと問題提起しました。
厚生労働省も、2025年版の労働経済白書で現在の日本の労働市場を「長期的かつ粘着的な人手不足」の状況にあると整理しています。
2024年6月には、女性や高齢者の労働参加が進み、労働力人口が初めて7,000万人を超えました。それでも人手不足は深刻化しています。また、生産年齢人口は2020年の約7,500万人から2040年には約6,200万人まで減少すると見込まれています。
つまり、人手不足そのものは以前からありましたが、いま起きていることは、それだけではありません。
「そもそも働く人が足りない」ということを前提に、経営を考えなければならない時代が始まっています。
私は、この変化を「お金から人へ」と表現しています。
もちろん、企業経営において資金が重要でなくなるわけではありません。
しかし、お金があっても、人がいなければ事業はできません。注文があっても、人がいなければ受けられません。設備を増やしても、それを動かす人、管理する人、顧客に価値を届ける人がいなければ、企業は成長できません。
経営における「人」の重みが、これまで以上に大きくなっています。
今こそ経営者自身が「なぜ経営するのか」を問われている
では、人が足りない時代に、企業は何をすればよいのでしょうか。
人手不足対策というと、まず賃上げが挙げられます。休日を増やす、残業を減らす、福利厚生を充実させる、採用方法を工夫する、といった取り組みも必要です。
これらはもちろん大切です。適正な賃金や働きやすい労働条件が整っていることは、大前提です。しかし、企業顧問、社会保険労務士として企業に関わってきて、私はそれだけでは足りないと実感しています。なぜならば、賃金などの労働条件で他社と差を付けて人をつなぎ止めようとしても限界があるからです。
私は、今ほど、経営者自身が「自分は何のためにこの会社を経営しているのか」を問われる時代はないと考えます。
なぜ、この会社を経営しているのか。この事業によって、誰に、どのような価値を届けたいのか。この会社を通じて、社会の中で何を実現したいのか。
まず経営者自身が、これらの問いに答えられなければなりません。そして、その答えを言語化、言葉にする必要があります。
ここでいう「企業理念」とは、立派な言葉をつくって額に入れ、会社の壁に掲げることではありません。経営者自身が、
「私はこういう理由でこの会社を経営している」
「だから、私たちはこの仕事をしている」
と、自分の言葉で従業員に語れることです。経営する理由が明確になり、それを言語化して初めて、会社が進む方向を従業員と共有できるようになります。
働くことを通じて、仕事の意味を感じられる会社へ
経営者が自分の経営する理由を明確にすると、次の問いに進むことができます。
「では、この会社で働く人に、どんな役割を担ってもらいたいのか」
という問いです。
従業員にとって、自分が担当している仕事が会社全体の中でどのような意味を持ち、その仕事が誰の役に立っているのかが分かることは重要です。
単に、
「この作業をしてください」
と指示されるのと、
「私たちはこういう価値をお客様や社会に提供したい。そのために、あなたが担当しているこの仕事が必要なのです」
と伝えられるのとでは、仕事の見え方は大きく変わります。
これからの企業には、従業員が働くことを通じて、自分の仕事の意味や自分自身の成長を実感できる環境をつくることが、ますます求められます。
働くことが、単に生活のための収入を得る手段だけではなく、その人にとっての「働きがい」や「生きがい」になっていく。
そうして初めて、経営者と従業員が一体となった強い組織が生まれます。
経済産業省も「人的資本経営」という言葉を使い、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方を提唱しています。私自身は「人的資本経営」という言葉には、いまだ人を「資本」として捉える発想が残っているように感じるため、あまりしっくりきません。ただ、人を経営の中核に置き、その成長を企業の成長につなげようとする方向性には、重なるものがあります。
そして、働くことに働きがいを見いだし、それを生きがいにもつなげていける組織の在り方を考えるとき、日本人と外国人の違いはありません。
日本人であろうと、外国人であろうと、一人の人格を持った社会的存在として迎え、役割を伝え、育てていく。
そのためには、まず経営者自身が「なぜ自分はこの会社を経営しているのか」を明確にする必要があります。2027年から始まる育成就労制度も、この大きな時代の変化の中で見るべきです。
技能実習から育成就労へ――制度の目的はどう変わるのか
ここで、技能実習制度と育成就労制度の違いを確認してみましょう。
技能実習制度の法律上の目的は、「人材育成を通じた開発途上地域等への技能、技術又は知識の移転による国際協力」です。
さらに技能実習法には、
「技能実習は、労働力の需給の調整の手段として行われてはならない」
と明記されています。
したがって、技能実習制度そのものを「日本の人手不足を外国人で補うための制度だった」と説明するのは正確ではありません。
ところが現実には、人手不足の企業が技能実習生を受け入れるという実態が広がり、政府自身も技能実習について「制度目的と実態のかい離」があったことを、育成就労制度を創設する背景の一つとして挙げています。
そこで育成就労制度では、制度の目的そのものが大きく組み替えられました。出入国在留管理庁は、育成就労制度を、
人手不足分野において、日本での3年間の就労を通じて特定技能1号水準の技能を有する人材を育成し、人材を確保する制度
と説明しています。ここで重要なのは、
「人材確保」と「人材育成」が並んでいることです。
人手が足りないから外国人に来てもらう。それだけではありません。来てもらった人を、3年間かけて育てる。そして特定技能1号へつなげ、日本の産業を長期に支える人材へと成長してもらう。ここまでを一つの制度として設計したのが育成就労です。
これは、先ほど述べた「人が足りない時代の経営」と重なります。
3年間「働いてもらう」のではなく、3年間で「育てる」
育成就労制度では、原則3年間の就労を通じて人材を育成します。終了時の目標は、技能については特定技能1号水準、日本語については原則として「日本語教育の参照枠」のA2相当です。ここで企業側の発想も変える必要があります。
「外国人に3年間働いてもらう」のではなく、「この3年間で、この人をどのような人材に育てるのか」と考える。
この違いは大きいはずです。育てるものは、技能だけではありません。
日本語で仕事上のコミュニケーションができるようになること。安全に仕事ができること。会社が求める品質を理解すること。報告や相談ができること。自分の仕事が会社の中でどんな役割を持つのか理解すること。そして少しずつ、自分で考えて仕事ができるようになること。
こうしたことを含めて、「3年後にどんな人材になっていてほしいのか」を考える必要があります。もちろん、これらすべてが法律上の育成目標として定められているという意味ではありません。
自社で人を育てるとはどういうことなのかを、企業自身が考える必要があるということです。
育成就労では、本人の意向による転籍も一定の条件の下で認められるようになります。しかし、これは「自由に転職できる制度」になるという意味ではありません。
本人意向による転籍には、分野ごとに1年以上2年以下の転籍制限期間が設けられ、一定水準の技能・日本語能力が求められます。転籍先も一定の要件を満たす必要があり、本人意向による転籍者が育成就労外国人全体の3分の1を超えないよう人数制限も設けられています。
さらに、本人意向による転籍の場合には、転籍元企業が負担した取次ぎや育成に関する初期費用について、転籍先企業が一定額を負担する仕組みも設けられています。
出入国在留管理庁自身も、転籍者が多数を占める状態は「人材育成という制度趣旨」に照らして適当ではないとして、転籍者の割合に上限を設けています。
つまり、育成就労制度の基本は、他社が育てた人を途中から獲得することではありません。
それぞれの企業が、人を受け入れ、自社の中で育てる。
その基本を維持しながら、外国人本人を一つの企業に絶対的に拘束しない仕組みも設けた、と理解する方が実態に近いでしょう。
だから日本語教育は、制度の周辺にあるものではない
ここまで読んでいただくと、なぜこの連載の最初の3回で、日本語教育について詳しく取り上げてきたのかも見えてくるのではないでしょうか。
第1回では、
なぜ日本語教育が外国人材育成の土台になるのか。
第2回では、
A1・A2とは、実際にどの程度の日本語力なのか。
第3回では、
入国前の日本語教育にかかる45万円を、企業はどう考えるべきなのか。
を取り上げました。
これらは別々の問題ではありません。すべて、
「3年間で一人の人材をどう育てるのか」
という一つの問題につながっています。
育成就労では、日本語についても明確な育成目標が設けられています。基本的には、育成就労開始から1年以内にA1相当の日本語能力を身につけて試験を受け、3年間を通じてA2相当を修得し、試験に合格することが求められます。
さらに、育成就労実施者には、3年間の間にA2相当の日本語講習を100時間以上受講する機会を提供することが求められ、日本語能力向上に必要な措置には費用負担も含まれます。
だから、日本語教育は育成就労制度の周辺に置かれた付加的なサービスではありません。
人を育てる仕組みの中に、日本語教育そのものが組み込まれています。
そう考えると、第3回で取り上げた45万円の見え方も変わります。単なる「日本語学校の授業料」ではなく、これから3年間かけて一人の人材を育てるための入口に置かれた投資です。もちろん、金額が小さいわけではありません。だからこそ企業には、「45万円もかかるのか」という問いだけではなく、
「この人を3年間でどのような人材に育てるのか」
という問いを持ってほしいのです。
制度が変わる前に、経営者自身が問われている
2027年4月1日から、育成就労制度が始まります。
制度が変われば、新しい申請手続きや受入れ要件を理解しなければなりません。監理支援機関も受入れ企業も、準備が必要です。
しかし、私は制度への準備を、それだけで終わらせてほしくありません。これからの企業経営で問われるのは、日本人をどう採用するか、外国人をどう採用するかということだけではないからです。
日本人であれ外国人であれ、一人の人が、「自分はなぜ、この会社で働いているのか」「自分の仕事は、誰の役に立っているのか」「ここで働くことで、自分はどう成長できるのか」を実感できる会社をつくることが、これまで以上に重要になります。
そして、その出発点にいるのは経営者です。経営者自身が、
「私はなぜ、この会社を経営しているのか」
を問い直す。その答えを言葉にする。そして従業員に伝える。そこから、
「だから私たちは、この仕事をする」
「だからあなたには、この役割を担ってほしい」
「だから会社として、あなたの成長を支えていく」
という関係が生まれます。
技能実習から育成就労へ。
本当に変わるべきなのは、制度だけではないのではないでしょうか。人が足りない時代だからこそ、人を単なる労働力として確保する経営から、一人ひとりを育て、その人が働く意味を感じられる経営へ。
育成就労制度への移行は、私たち経営者に、そのことを改めて問いかけています。
最後に、二つの問いを置きたいと思います。
あなたは、なぜこの会社を経営しているのでしょうか。
そして、その理由を、今働いている日本人従業員にも、これから迎える外国人材にも、自分の言葉で伝えることができるでしょうか。
参考にした資料
育成就労制度・技能実習制度
出入国在留管理庁「育成就労制度」
https://www.moj.go.jp/isa/applications/index_00005.html
出入国在留管理庁「育成就労制度の制度概要・関係法令」
https://www.moj.go.jp/isa/03_00163.html
出入国在留管理庁「育成就労制度Q&A」
https://www.moj.go.jp/isa/applications/faq/ikusei_qa_00002.html
出入国在留管理庁「育成就労制度運用要領」
https://www.moj.go.jp/isa/applications/nyuukokukanri07_00002
e-Gov法令検索「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律」
https://laws.e-gov.go.jp/law/428AC0000000089
人手不足・労働供給制約
厚生労働省「令和7年版 労働経済の分析―労働力供給制約の下での持続的な経済成長に向けて―」
https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/roudou/25/25-1.html
厚生労働省「第Ⅱ部 労働力供給制約の下での持続的な経済成長に向けて」
https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/roudou/25/2.html
リクルートワークス研究所「未来予測2040 労働供給制約社会がやってくる」
https://www.works-i.com/research/report/forecast2040.html
リクルートワークス研究所「『令和の転換点』とは何か」
https://www.works-i.com/research/project/turningpoint/introduction/detail001.html
人材育成・人的資本
経済産業省「人的資本経営~人材の価値を最大限に引き出す~」
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/index.html
文部科学省「日本語教育の参照枠」
https://www.nihongo-ews.mext.go.jp/information/framework_of_reference








